「お前の所に入ったキャリア、そろそろ1年経つよな。」
上司の一言にドキッとさせられる。
Google翻訳に入れたらきっと、
「このままじゃちょっとキツイからお前がちゃんと手当しろ」
と返ってくるだろう。
翻訳にかけなくても嫌と言うほど身に染みている。
部下育成において、こうした「焦り」や「善意」が混ざった思考が浮かぶことはよくある。
部下が思うように育たないとき、我々はつい「本人の資質」を疑いたくなる。
でも実は、部下の成長を妨げているのは、他ならない『上司である自分』かもしれない。
自己決定理論(Self-Determination Theory)
「自分のペースで伸びたい。」
「納得しながら、意味のある仕事をしたい。」
部下のそんな感覚を私たちはなんとなく知っている。
それが「私たちの期待する」成長スピードとは異なることも我々は知っている。
でもそれは、ただの感覚ではない。
ちゃんと理論として証明されている話なのだ。
心理学者のデシとライアンによって提唱された
「自己決定理論(Self-Determination Theory)」は人間が「本当の意味で動ける状態」
についてこう語る。
人が自律的に行動するには、3つの欲求が必要。
自己決定理論が教えてくれるのは「内発的に動機づけられる状態」を作る3つの要素だ。
◾️自律性(Autonomy)
自分の意思で選んでいる感覚。
「やらされている」ではなく、「やっている」という実感。
→ 上司の意図を押し付けすぎると、ここが壊れる。
→ 指示ではなく、選択肢を渡すことが鍵になる。
◾️有能感(Competence)
「少しずつできてきた」という手応え。
成功体験、小さな達成が、次の挑戦の糧になる。
上司の失望やレッテルはこれを一瞬で潰す。
→ 本人の努力に目を向けて、成長点を言葉にすることが必要。
◾️関係性(Relatedness)
自分はこのチームの一員であり、受け入れられているという感覚。
「ここにいていい」と思えることが、行動の土台になる。
→ 「まだできてない」だけを繰り返すと、関係性はどんどん細る。
→ 守られている実感が、信頼を生む。
この3つが満たされると、人は自分の内側から動き始める。
だからこそ、育成の現場では「伸ばす」より先に
『この3つをどう守るか』を考えることが重要になる。
部下が「本気で伸びる」ときって、こういうときだ
「この子、自分で考えて動き始めたな」
「今まで聞きに来てたことを、今日は自分で調べてやってるな」
──そんな小さな変化の裏には、
自律性・有能感・関係性のどれかが芽を出した瞬間がある。
そしてその変化は、指示ではなく、命令でもなく、
「信じて、待って、見守った上司」の背中から始まっている。
部下がうまくいかないとき、私たちはつい「もっと教えなきゃ」「叱らなきゃ」と思ってしまう。
でもそれは本当に部下が「足りていない」のか?
それとも我々が「削ってしまった」のか?
自己決定理論は、育成の現場でこう問いかけてくる。
部下の心に火を灯すのは、指導じゃない。
「自分で意味を見出せるように、邪魔をしないこと」だ。
部下は馬じゃない。オッズは要らない。
ノイズとは『部下の本来の成長リズムを乱す外部的なゆがみ』だ。
◾️過度な期待 :「きっと来月あたり一気に伸びる」
◾️勝手な失望 :「やっぱりこの程度か」
◾️急かし指導 :「もっと早く動け」「なぜまだできないの?」
◾️レッテル貼り:「あいつは仕事が遅い」「できるやつ」
◾️成果圧 :「結果を出さないと評価が下がる」
◾️無意識の比較:「新人の頃の俺はもっとやってた」
──これは全部、部下の成長を妨げるノイズだ。
そしてこのノイズの正体は、「部下を思う気持ち」と同時に、
上司が上司であることのプレッシャーから生まれている。
だから我々はノイズを全てオッズにしてしまう。
「こいつは伸びるはず」「今月は勝てそうだ」
と上司が“賭け”を始めた瞬間に、部下の育成は歪みはじめる。
部下は馬じゃない。
『期待されること』が目的ではなく『自分で納得して成長していく』ことが本質だ。
オッズがあると、上司は「期待値に対する成果」を見始める。
でも育成は『投資でも博打でもない』。
成長とは「起きたことすべてに意味を見出して、次に繋げる連鎖」だ。
予想を叶えるレースじゃない。
なぜ我々はノイズを入れてしまうのか?
答えは至極簡単だ。
『上からの圧があるから。』
支店、本社、役員、評価、査定──
自分の立場や実績が、部下の成果に紐づいている以上どうしても焦る。
どうしても『結果が欲しくなる』。
「今のこの子の状況はどうか」という現実を無視して
「上から求められるタイミング」に合わせて『育っている』事にしようとする。
本来の成長曲線に『上司の都合』というノイズが混ざる。
部下の成長と、自分の評価を切り離す。
「切り離す」とは感情を殺すことではない。「あえて無関係を貫く覚悟」のことだ。
◾️上からの評価を自分が受け止める
◾️部下への期待は、本人のペースに預ける
◾️プレッシャーの橋渡しをしない
◾️今の位置・動き・言葉を、そのまま観察する
これには『孤独な受け止め役』になる覚悟が求められる。
でも、それができる上司だけが、本当の意味で部下の『本来のリズム』を守れる。
成長曲線は人それぞれだ。
早く伸びる人もいれば、じわじわ伸びる人もいる。
表に出ないところで変化が起きていることもある。
それを『このタイミングで伸びてほしい』という自分の都合でねじ曲げてしまうと、
部下の「本来の芽吹き方」を潰してしまう可能性がある。
だからこそ、こういう育成の美学が必要になる。
『伸ばす』のではなく『伸びるように邪魔をしない』。
マネージャーの本当の役割
部下を守るとは、指導することではなく、
『守られた環境で自然に育つようにノイズを遮ること』だ。
◾️代わりに圧を受け止める。
◾️代わりに焦りを引き受ける。
◾️代わりに「この子は今ここです」と周囲に説明し続ける。
その役割を放棄して上の圧をそのまま部下に落とすなら、それは『育成の名を借りた転嫁』だ。
成長にノイズを入れないということは、期待しないということではない。
「この子がどんな風に伸びていくかを、誰よりも見届けたい」
それこそが、ノイズのない部下への信頼なのだ。
あなたは職場できちんと部下に向き合っていますか?
もしかしてあなたは、いま場外馬券場にいませんか・・・?
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